弁護士 冨田 昂志
奈良弁護士会所属
この記事の執筆者:弁護士 冨田 昂志
裁判所職員として多くの裁判手続に携わる。 国内大手IT企業の社内弁護士として誹謗中傷などの権利侵害に対応し、裁判案件については100件以上を担当。 情報流通プラットフォーム対処法(プロバイダ責任制限法)の法改正対応にも関わる。
名誉毀損とは、他人の社会的評価(名誉)を低下させる行為をいい、名誉権を侵害する行為です。
令和5年において、法務省人権擁護機関により新たに救済手続を開始されたインターネット上の人権侵害情報に関する人権侵犯事件の件数(1824件)のうち、名誉毀損事案の件数(415件)は約23%を占めています(※)。
※法務省人権擁護局「令和5年における「人権侵犯事件」の状況について(概要) ~法務省の人権擁護機関の取組~」
発信者情報開示請求や削除請求の案件としても多くの割合を占めている印象です。
他方で、何が名誉毀損にあたるかは、表現の自由との兼ね合いで、大変難しい問題です。
当ページでは、慰謝料請求、発信者情報開示請求、削除請求における、名誉毀損(名誉権侵害)の要件について解説します。
名誉毀損とは
名誉毀損とは、他人の社会的評価(名誉)を低下させる行為をいい、名誉権を侵害する行為です。
インターネット上の投稿による名誉毀損を理由に、慰謝料請求、削除請求、発信者情報開示請求をすることができます。
ただし、名誉毀損の要件は法律上明文化されていないため、最高裁判例をベースに導く必要があります。
本コラムでは、慰謝料請求、削除請求、発信者情報開示請求のそれぞれについて、名誉毀損を理由とする場合の要件の概略とポイントを解説します。
【前提】名誉毀損における表現の分類
名誉毀損の要件を考えるにあたっては、以下の2つの区別が重要になります。
- 事実の摘示
事実を述べる表現です。
例:「AはBを殴ってケガをさせた。」 - 意見ないし論評(意見論評)
個人の意見論評(感想)を述べる表現です。
例:「Aは馬鹿だ。」
後に説明するとおり、この区別次第で、名誉毀損の要件が変わってきたり、要件の一つである「社会的評価の低下」の有無の評価に関わってきたりするからです。
ただし、事実の摘示と意見論評の区別は非常に難しいため、別途詳細に解説したコラムを準備する予定です。
以下、事実の摘示による名誉毀損を「事実摘示型」、意見論評による名誉毀損を「意見論評型」といいます。
慰謝料請求における名誉毀損
慰謝料請求では、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害」されたことが要件の一つです(民法709条)。
つまり、名誉毀損を理由に慰謝料請求をする場合、故意又は過失によって名誉権が侵害された(名誉毀損がされた)ことが要件となります。
事実摘示型における名誉毀損の要件
事実摘示型の場合、慰謝料請求の名誉毀損の要件は以下のとおりです。
① 同定可能性(請求する側が主張立証すべき事項)
同定可能性とは、対象投稿が請求者について述べた表現かどうかの問題です。
請求者について述べていない投稿であれば、請求者の社会的評価が低下しませんから、この要件は、社会的評価の低下の前提となる要件といえます。
② 社会的評価の低下(請求する側が主張立証すべき事項)
社会的評価について、北方ジャーナル事件最高裁判決(最大判昭和61年6月11日民集40巻4号872頁)では、「人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価」と表現されています。
あくまで客観的な評価の低下が必要ですので、主観的評価を害するにとどまる場合は名誉毀損とはならず、名誉感情侵害の問題となります。
違法性阻却事由(請求される側が主張立証すべき事項)
①②を満たす場合であっても、以下の要件をいずれも満たす場合は、違法性が阻却され、慰謝料請求は棄却されることとなります。この主張・立証責任は、請求される側が負います。
※ 違法性阻却とは、社会的評価を低下させる投稿であっても違法とならない場合を示す事情のことです。
なお、請求される側が主張立証責任を負う要件については、❶❷…という記号を使用します。
❸-1 対象投稿の内容が公共の利害に関する事実に係ること(公共性)
対象投稿が国民の正当な関心事か、多数の国民にとって有益かなどの観点で判断されます。
ただし、インターネット上の投稿について、本要件が否定されるケースは、一般人の犯罪行為にあたらないような私的行為など、限定的という印象です。
❸-2 投稿の目的が専ら公益を図ることにあったこと(公益性)
社会全体の利益を図ることが主目的だったかどうかの観点で判断されます。
付随的に他の目的があっても肯定されます。
③の公共性が認められる場合は、特段の事情がない限り、つまり原則として④の公益性も推認されると考えられています。例外的に公益性を否定するためには、嫌がらせ目的や私益目的を推認させる背景事情や投稿内容(「特段の事情」)がないか検討する必要があります。
❸-3 摘示された事実がその重要な部分について真実であることが証明されたとき(真実性)
投稿内容の全て一言一句が真実であると証明される必要はなく、重要な部分について真実性が求められます。
名誉毀損は、社会的評価の低下の問題なので、対象者の社会的評価にとって重要な部分について真実性が求められると考えられます。
例えば、「Tシャツを着たAがBを殴った」という内容の投稿について考えてみます。Aの社会的評価にとって重要なのは、Tシャツを着ていたかどうかではなく、Bを殴ったかどうかと考えられます。したがって、AがBを殴ったことは証明できれば、仮に殴った当時、Aが着ていたのがTシャツでなくポロシャツだった場合であっても、真実性は肯定されると考えられます。
責任阻却事由(請求される側が主張立証すべき事項)
①(同定可能性)②(社会的評価の低下)を満たす一方で、❸-1(公共性)❸-2(公益性)は満たすのに、❸-3(真実性)のみ満たさない場合であっても、以下の場合は、故意又は過失が否定されます。この主張・立証責任は、請求される側が負います。
❹ 投稿者において当該事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由がある場合(相当性)
投稿者が、対象投稿時に、対象投稿をするにあたって参照した資料が、事実が真実であると誤信(勘違い)させる確実な資料・根拠であったかという観点で判断されます。
まとめ
事実摘示型において名誉毀損が認められるには、①(同定可能性)②(社会的評価の低下)が認められ、❸-1(公共性)❸-2(公益性)のいずれかが認められない場合か、❸-3(真実性)及び❹(相当性)のいずれも認められない場合である必要があります。
意見論評型における名誉毀損の要件
意見論評型の場合、慰謝料請求の名誉毀損の要件は以下のとおりです。
① 同定可能性(請求する側が主張立証すべき事項)
② 社会的評価の低下(請求する側が主張立証すべき事項)
違法性阻却事由(請求される側が主張立証すべき事項)
①②を満たす場合であっても、以下の要件をいずれも満たす場合は、違法性が阻却され、慰謝料請求は棄却されることとなります。この主張・立証責任は、請求される側が負います。
❸-1 公共性
❸-2 公益性
❸-3′ 当該意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったとき(真実性)
事実摘示型と異なり、意見論評の前提となった事実の重要な部分が問題となります。
投稿内容が形式的には意見論評のみ記載されていても、前後の文脈等の事情を総合的に考慮することで黙示的には基礎事実が摘示されていると認められる場合もあります。
❸-4 人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでないこと
意見論評型特有の要件です。
意見論評の表現の強度が問題となります。
責任阻却事由(請求される側が主張立証すべき事項)
①(同定可能性)②(社会的評価の低下)を満たす一方で、❸-1(公共性)❸-2(公益性)❸-4(論評としての域を逸脱しない)は満たすのに、❸-3′(真実性)のみ満たさない場合であっても、以下の場合は、故意又は過失が否定されます。この主張・立証責任は、請求される側が負います。
❹ 投稿者において意見論評の前提としている事実の重要な部分について真実と信ずるについて相当の理由がある場合(相当性)
事実摘示型と異なり、意見論評の前提となった事実の重要な部分について問題となります。
まとめ
意見論評型において名誉毀損が認められるには、①(同定可能性)②(社会的評価の低下)が認められ、❸-1(公共性)❸-2(公益性)❸-4(意見論評の域を逸脱しない)のいずれかが認められない場合か、❸-3′(真実性)及び❹(相当性)のいずれも認められない場合である必要があります。
補足:判断基準(一般読者基準)
以下の事項については、「一般読者の普通の注意と読み方」でどのように理解されるか、という基準で判断されると解されています。
ただし、「一般読者」は、平均的な国民を指すのではなく、当該媒体(サイト)の性質上想定される(前提知識を持った)読者を指すのが裁判例の傾向です。
- 事実の摘示か意見論評か
- 意見論評が黙示的に前提としている事実の有無・内容
- 同定可能性
- 社会的評価の低下
- 重要部分(真実性、相当性)
発信者情報開示請求における名誉毀損
権利侵害が「明らか」であることが必要(「明らか」とは?)
発信者情報開示請求では、投稿の「流通によって権利が侵害されたことが明らか」であることが要件の一つです(プロバイダ責任制限法5条1項、2条1号)。
「明らか」の意味については、権利の侵害がなされたことが明白であるという趣旨であり、不法行為等の成立を阻却する事由の存在をうかがわせるような事情が存在しないことまでを意味すると解されています。
他方、発信者の主観など被害者が関知し得ない事情まで被害者に主張・立証責任を負わせるものではないとも解されています。
名誉権侵害が「明らか」とは
名誉毀損を理由に発信者情報開示請求をする場合、対象投稿の流通によって名誉権が侵害されたことが「明らか」であることが必要となります。
名誉毀損における「不法行為等の成立を阻却する事由」としては、違法性阻却事由(事実摘示型、意見論評型)と責任阻却事由(事実摘示型、意見論評型)が考えられます。ただし、責任阻却事由に関しては、発信者の主観が問題となるため、被害者(請求者)が主張立証責任を負うものではないと考えられます。
このため、名誉権が侵害されたことが「明らか」というためには、少なくとも違法性阻却事由については、これをうかがわせる事情が存在しないことを請求者側で主張立証する必要があると考えられます(以後、「うかがわせる事情が存在しないこと」を単に「不存在」といいます。)。
責任阻却事由の位置付け
責任阻却事由については、請求者が主張立証責任を負わないものの、プロバイダ側からの主張立証が認められれば、発信者情報開示請求が認められないと考える余地があると思われます。
ただ、プロバイダが投稿者の主観に関する資料を提出することは、意見照会で詳細な回答と資料が返ってこない限り難しいでしょう。このような事情もあり、実務上、発信者情報開示請求において責任阻却事由が審理の対象になることはほとんどないと思われます。
事実摘示型における名誉毀損の要件
以上を踏まえると、事実摘示型の場合、発信者情報開示請求の名誉毀損の要件は以下のとおりです。
① 同定可能性(請求する側が主張立証すべき事項)
慰謝料請求における事実摘示型の要件①参照
② 社会的評価の低下(請求する側が主張立証すべき事項)
慰謝料請求における事実摘示型の要件②参照
違法性阻却事由の不存在(請求する側が主張立証すべき事項)
既に述べたとおり、発信者情報開示請求では、①(同定可能性)②(社会的評価の低下)だけでなく、違法性阻却事由の不存在も、請求する側で主張・立証する必要があります(慰謝料請求とは逆です。)。
ただし、慰謝料請求において違法性が阻却されるためには、❸-1~❸-3全てが必要であるところ、発信者情報開示請求においては、この裏返しで、③-1~③-3のうち、どれか一つでも認められれば、違法性が認められるということになります(①②が認められることが前提です)。
③-1 公共性の不存在
慰謝料請求における事実摘示型の要件❸-1参照
③-2 公益性の不存在
慰謝料請求における事実摘示型の要件❸-2参照
③-3 摘示された事実がその重要な部分の真実性をうかがわせる事情がないこと(反真実性)
慰謝料請求との違いで最も影響が大きいのがこの要件です。
請求者側としては、投稿内容の事実が虚偽であることを主張立証しなければなりません。
インターネット上の投稿では、事実の摘示と理解される場合であっても、具体性が乏しいことが多いため、どこまで反真実の立証をすべきか、という問題が生じます。
例えば、「A社は、従業員に対して、全く残業代を支払っていない」という投稿内容について考えてみます。
この場合、プロバイダの反論にもよりますが、基本的には残業代を支払っていることをタイムカードや賃金台帳などで立証する必要があると思われます。発信者情報開示請求においては、投稿時の違法性が問題となると解されるため(東京地判平成31年2月13日など)、投稿時が終期と考えられるものの、始期、すなわち、いつからの立証をすればよいか(どれだけ遡ればいいか)については、実務上は大変悩ましい問題です。
この点に関しては、別途詳細に解説したコラムを準備する予定です。
意見論評型における名誉毀損の要件
意見論評型の場合、発信者情報開示請求の名誉毀損の要件は以下のとおりです。
① 同定可能性(請求する側が主張立証すべき事項)
慰謝料請求における事実摘示型の要件①参照
② 社会的評価の低下(請求する側が主張立証すべき事項)
慰謝料請求における事実摘示型の要件②参照
違法性阻却事由の不存在(請求する側が主張立証すべき事項)
事実摘示型と同様、発信者情報開示請求においては、③-1~③-4のうち、どれか一つでも認められれば、違法性が認められるということになります(①②が認められることが前提です)。
③-1 公共性の不存在
慰謝料請求における事実摘示型の要件❸-1参照
③-2 公益性の不存在
慰謝料請求における事実摘示型の要件❸-2参照
③-3′ 当該意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることをうかがわせる事情がないこと(反真実性)
③-4 人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱していること
慰謝料請求における事実摘示型の要件❸-4参照
プロバイダに対する削除請求における名誉毀損
プロバイダに対する削除請求については、発信者情報開示請求と異なり、法律で削除請求権という権利が定められていません。
名誉毀損については、判例等を手掛かりに、名誉権(人格権)を侵害することを理由に、投稿の掲載の差止め(削除)を求めることとなります。
名誉権(人格権)侵害を理由とする削除(差止)請求の要件については、北方ジャーナル事件最高裁判決(最大判昭和61年6月11日民集40巻4号872頁)が検討の出発点になります。
個々の事件において、具体的にどのような要件になるかは、プロバイダの反論や、投稿内容の性質などによると考えられます。
ただ、多くの事件では、以下のとおり、「違法性阻却事由の不存在」までの主張立証が必要とされています。
もっとも、発信者情報開示請求と異なり、削除(差止)請求においては、投稿者の主観(故意・過失)は問題とならないため、責任阻却事由は要件から外れると考えて差し支えないと思われます。
事実摘示型における名誉毀損の要件
意見論評型の場合、プロバイダに対する削除請求の名誉毀損の要件は、多くの場合、以下のとおりです。
① 同定可能性(請求する側が主張立証すべき事項)
慰謝料請求における事実摘示型の要件①参照
② 社会的評価の低下(請求する側が主張立証すべき事項)
慰謝料請求における事実摘示型の要件②参照
違法性阻却事由の不存在(請求する側が主張立証すべき事項)
発信者情報開示請求と同様、③-1~③-3のうち、どれか一つでも「不存在」が認められれば、違法性が認められるということになります(①②が認められることが前提です)。
③-1 公共性の不存在
慰謝料請求における事実摘示型の要件❸-1参照
③-2 公益性の不存在
慰謝料請求における事実摘示型の要件❸-2参照
③-3 摘示された事実がその重要な部分について真実であることをうかがわせる事情がないこと(反真実性)
発信者情報開示請求における事実摘示型の要件③-3参照
意見論評型における名誉毀損の要件
意見論評型の場合、発信者情報開示請求の名誉毀損の要件は以下のとおりです。
① 同定可能性(請求する側が主張立証すべき事項)
慰謝料請求における事実摘示型の要件①参照
② 社会的評価の低下(請求する側が主張立証すべき事項)
慰謝料請求における事実摘示型の要件②参照
違法性阻却事由の不存在(請求する側が主張立証すべき事項)
事実摘示型と同様、③-1~③-4のうち、どれか一つでも「不存在」が認められれば、違法性が認められるということになります(①②が認められることが前提です)。
③-1 公共性の不存在
慰謝料請求における事実摘示型の要件❸-1参照
③-2 公益性の不存在
慰謝料請求における事実摘示型の要件❸-2参照
③-3′ 当該意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることをうかがわせる事情がないこと(反真実性)
発信者情報開示請求における事実摘示型の要件③-3参照
③-4 人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでないことをうかがわせる事情がないこと
慰謝料請求における事実摘示型の要件❸-4参照
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名誉毀損を理由とした慰謝料請求、発信者情報開示請求、削除請求の要件は以上のとおりです。
しかし、これらの要件は、要件毎に数多くの論点があり、簡単にあてはめられるものではありません。
要件の理解や裁判例の傾向を踏まえた分析が必要不可欠です。
お悩みになる前にご相談いただいた方がより良い解決につながる場合があります。
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