弁護士 冨田 昂志
奈良弁護士会所属
この記事の執筆者:弁護士 冨田 昂志
裁判所職員として多くの裁判手続に携わる。 国内大手IT企業の社内弁護士として誹謗中傷などの権利侵害に対応し、裁判案件については100件以上を担当。 情報流通プラットフォーム対処法(プロバイダ責任制限法)の法改正対応にも関わる。
当ページでは、インターネット上の誹謗中傷などに関するプロバイダ向けのサービスについて全体像を説明します。
削除請求対応、発信者情報開示請求対応、損害賠償請求対応、いずれについても、方針の決定と実際に請求があった場合の対応の双方が重要となります。
特に、プロバイダ責任制限法(今後、「情報流通プラットフォーム対処法」に名称が変わる予定です。)の改正によって創設された発信者情報開示命令申立事件(非訟手続)では、プロバイダの迅速な対応が求められています。
当職は、コンテンツプロバイダでの経験を活かした法的サポートが可能です。
是非お気軽にお問い合わせください。
目次
総論
インターネット上の誹謗中傷などに関し、プロバイダが対応する必要があるのは、主に以下の2つです。
- 発信者情報開示請求
- 削除請求(コンテンツプロバイダの場合)
また、事案としては少ないですが、以下の2つもあり得ます。これらは、発信者情報開示請求や削除請求のリスクが顕在化したものといえます。
- 発信者情報開示に関する損害賠償請求
- 削除に関する損害賠償請求(コンテンツプロバイダの場合)
このため、プロバイダとしては、発信者情報開示請求と削除請求に関する義務やリスクの適切な理解、このような理解を前提とした運用方針の決定、実際に請求を受けた場合の対応が重要になります。
以下、それぞれの概略を説明します。
発信者情報開示請求対応の概要
プロバイダは、発信者情報開示請求がされた場合、一定の義務を負います。
ここでは、プロバイダ目線で見た発信者情報開示請求について、概略を説明します。
発信者情報開示請求権とは?
発信者情報開示請求権は、匿名で権利を侵害するような投稿がされた場合に、発信者を特定して責任追及するための権利です。
匿名投稿の発信者をサイト内の表示などから特定することは通常困難ですが、プロバイダであれば、発信者に関する情報を保有している可能性があります。
他方で、プロバイダが保有する情報は、発信者のプライバシー、匿名表現の自由、場合によっては通信の秘密として保護されるべき情報です。
そこで、一定の厳格な要件を満たす場合、総務省令に定められた「発信者情報」に限り、プロバイダに対して情報の開示請求ができるという発信者情報開示請求権が法律(※)上認められました。
※プロバイダ責任制限法(今後、「情報流通プラットフォーム対処法」に名称が変わる予定です。)。
発信者情報開示は、裁判外で請求されることも、裁判で請求されることもあります。
いずれの形式であっても、プロバイダは、発信者情報開示請求がされた場合、一定の対応をする必要があります。
プロバイダの義務とリスク
法定されている義務について
プロバイダは、発信者情報開示請求を受けた場合、発信者のプライバシーや表現の自由などの保護のため、例えば、以下のような義務を負うとされています。
- 発信者に対して開示に応じるかどうか意見を照会する義務
- 裁判所から発信者情報開示命令を受けた場合の開示に反対した発信者に対する通知義務
- 裁判所から提供命令を受けた場合の情報提供義務
- 提供命令に基づく情報提供を受けた場合の目的外使用の禁止
このため、あらかじめ、発信者情報請求を受けた場合を想定して、法律に対応できるフローや情報管理体勢を整備しておく必要があります。
発信者情報開示請求のプロセスは複雑です。対応に不安がある場合は是非お気軽にご相談ください。
要件該当性の判断・裁判対応の必要性
プロバイダは、発信者情報開示請求を受けた場合、裁判外であれば自ら要件該当性を判断し、裁判上であれば裁判対応をする必要があります。
開示する場合のリスク
プロバイダが、発信者情報請求について、要件該当性を判断せず漫然と発信者情報を開示したり、裁判に対して不熱心に対応したりした場合、例えば、以下のリスクがあります。
- 発信者からの民事上の請求を受けるリスク
- 場合によっては通信の秘密侵害罪として刑事上の責任追及を受けるリスク
- 表現の自由やプライバシーを軽視するプロバイダと認識され、ユーザーが表現を控え、サービスを離れてしまうレピュテーションリスク
開示しない場合のリスク
逆に、開示しなかった場合は、開示請求者から民事上の責任追及を受ける可能性があります。ただし、この場合は原則として免責されます。
発信者情報を保存しておく義務はあるのか?
開示請求に備えて発信者情報を保存しておく義務はありません。
むしろ、個人情報保護、情報の適切な管理の観点から、不要であれば速やかに削除すべきと考えられています。
保存が必要な場合として考えられるのは、課金、料金請求、苦情対応、不正利用の防止などです。
不要なため削除した発信者情報に関して、開示請求を受けた場合は、単に「保有していない。」と反論することとなります。
ただし、裁判所から消去禁止命令やログ保存仮処分命令が発令された場合は、これに従って、ログや投稿者の個人情報のうち、その時点で保有しているものについて保存しておく必要があります。
どう対応すればいいか?
プロバイダは複雑な立場です。
リスクを低減するためには、リスクの大小や、法律上の免責規定などを踏まえ、事前にある程度スタンスを決めておくことが重要です。
また、実際にプロバイダが発信者情報開示請求を受けた後は、多くの場合、迅速な対応が必要です。
以下のリンクで詳しく解説していますので、ご参照ください。
発信者情報開示に関する損害賠償請求対応の概要
プロバイダは、発信者情報開示請求に対し、開示をした場合は発信者から、開示をしなかった場合は開示請求者から、それぞれ損害賠償請求を受ける可能性があります。
ただし、開示をしなかった場合については、プロバイダは、法律上、原則として免責されます。
リスクに応じて適切な要件該当性の判断や応訴をしていれば、損害賠償責任が認められる可能性はかなり低いといえます。
以下のリンクで詳しく解説していますので、ご参照ください。
削除請求対応の概要(コンテンツプロバイダ)
削除請求対応は、基本的にSNSやブログなどのサイト管理者やプラットフォーム事業者であるコンテンツプロバイダ特有の対応です。
SNSやブログなどのサイトやプラットフォームにおいて、「どのような投稿を残すべきか」という問題であり、言い換えると、「どのような言論空間をサービスとして提供したいか」という、サービスの在り方に関わる問題であるともいえます。
削除請求の法的根拠は?
削除請求については、発信者情報開示請求と異なり、プロバイダ責任制限法が法的根拠ではありません。
削除請求は、誹謗中傷に関しては、名誉毀損、侮辱(名誉感情)、プライバシー、肖像権、氏名権などの人格権(人格的利益)が法的根拠となります。
人格権(人格的利益)については、法律上の明文がなく、判例・裁判例で認められているため、判例・裁判例の理解が不可欠です。
他方、著作権法や商標法など、権利行使として差止請求権が認められている権利については、これが削除請求の法的根拠となります。
削除請求は、これらの権利が侵害されたことを理由にされることとなります。
削除請求はどのような方法でされるのか?
削除請求は、裁判外でされることも、裁判を起こされることもあります。
裁判外の請求については、書面の郵送、サービス上に設置した削除フォームからの送信など様々な方式が考えられます。
いずれの形式であっても、プロバイダは、削除請求がされた場合、一定の対応をする必要があります。
プロバイダの義務、リスク、免責
プロバイダは、削除請求を受けた場合、サイトの利用規約、法律、判例などを踏まえ、対象とされた投稿を削除するかどうか(請求者の権利を侵害しているか)自ら判断する必要があります(裁判上の請求の場合は応訴も必要です)。
この判断次第では、プロバイダは、以下の責任追及を受けるリスクがあります。
- 削除しない場合は削除請求者から不法行為責任
- 削除する場合は発信者から契約上の責任
ただし、いずれの場合も、法律上、一定の場合に免責となることが定められています。
削除しない場合の責任と免責(削除請求者との関係)
原則として免責となります。
例外的に責任を負い得るのは、以下の場合です。
- 当該投稿の流通によって削除請求者の権利が侵害されていることを知っていた場合
- 当該投稿の存在を認識したうえで、当該投稿の流通によって削除請求者の権利が侵害されていると知ることができた状況の場合
なお、これらの場合であっても、別途不法行為の要件を満たさなければ、不法行為責任を負うことにはなりません。
削除する場合の責任と免責(発信者との関係)
以下の場合、免責となります。
- 当該投稿の流通によって削除請求者の権利が侵害されていると信じても仕方がない状況だった場合
- 削除請求があった場合に、発信者に対して、削除に同意するかどうか照会し、照会の日から7日経過しても、発信者から不同意の意見がなかった場合
なお、これら以外の場合であっても、別途不法行為などの要件を満たさなければ、責任を負うことにはなりません。
権利侵害に至らない不適切な投稿の対策・対応について
ここまでの説明のとおり、他人の権利を侵害する投稿については、判例上・法律上削除請求が認められています。
他方、特定個人の権利を侵害するには至らず判例上・法律上削除請求が認められない可能性がある投稿であっても、特定の人種に対する差別的内容を含む投稿、スパムなどサービス運営上好ましくない投稿など、プロバイダの判断で柔軟に削除すべきと考えられる投稿もあると思います。
このような投稿については、あらかじめ、利用規約やガイドラインにおいて禁止投稿を明示することで、投稿者とのトラブルリスクを抑えて、柔軟に対応ができるようになります。
どう対応すればいいか?
プロバイダは複雑な立場です。
リスクを低減するためには、リスクの大小や、法律上の免責規定などを踏まえ、事前にある程度スタンスを決めておくことが重要です。
また、削除請求に対する削除判断を簡易にし、負担のかかる裁判上の請求を減らすためには、サービスとしてどのような表現の場にしたいかというサービス方針も踏まえ、あらかじめ利用規約(削除基準)を整備しておくことも重要です。
また、実際にプロバイダが削除請求を受けた後は、多くの場合、迅速な対応が必要です。
以下のリンクで詳しく解説していますので、ご参照ください。
削除に関する損害賠償請求対応の概要(コンテンツプロバイダ)
プロバイダは、削除請求に対し削除しない場合は削除請求者から、削除する場合は発信者から、それぞれ損害賠償請求がされる可能性があります。
ただし、削除請求におけるプロバイダの義務、リスク、免責で説明した免責などを踏まえ、リスクに応じて適切な要件該当性の判断や応訴をしていれば、損害賠償責任が認められる可能性はかなり低いといえます。
以下のリンクで詳しく解説していますので、ご参照ください。
お気軽にお問い合わせください
以上のとおり、プロバイダは複雑な立場で様々なリスクを抱えています。
しかし、免責規定など法律上の立ち位置を適切に踏まえれば、リスク管理の負担を最小限にしてサービスを運用することができます。
お悩みになる前にご相談いただいた方がより良い解決につながる場合があります。
是非お気軽にお問い合わせください。